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解離性健忘の体験談。私が人生で2回記憶喪失になった理由

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どうも!

 

このサイトにたどり着いた方は自分が健忘、もしくは知り合いが健忘になったなどで情報が必要な方が多いのではないでしょうか?

 

筆者は20数年生きてきた中で2度ほど、解離性障害、解離性健忘になった事があります。

 

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画像元 フリー素材

 

健忘になるたびにインターネットで検索するのですが、医療用語がたくさん並んだ難しいサイトばかりで何が何だかよくわからない。

 

実際、解離性健忘について詳しくわかったわけではないけど、実体験をブログで書けば少しは誰かのタメになるのではないか。

 

そう思い、記事を書きます。

 

筆者は医療の勉強などは何一つしていないので専門的な事は言えませんが、実際に体験した話、そして周りの人から受けた精神的苦痛などは伝えたいと思います。

 

 

 

 

 

 

・そもそも解離性健忘とは?

 

 

もっともな話はこれ、解離性健忘って何??

 

簡単に言うと、健忘=記憶喪失

 

すなわち、記憶がなくなってしまう症状のこと。

 

 

私が病院の先生に教わった事は、

「精神的なストレスがかかりすぎて自分の中で処理しきれず、爆発した結果が健忘」

と言う事でした。

 

要するに、

 

ストレスを溜め込んだ結果溜めこめきれず溢れてしまい、そのストレスから解放されたい体が拒絶反応を起こして記憶を飛ばしてしまう

 

といった感じ。

 

症状の重さは人それぞれですが私の場合は、ストレスの元となるものの記憶だけがすっぽりと抜けました。

 

なので、自分の名前やテレビをつけるなどの日常的な行動に関して忘れると言う事はなかった。

 

症状の重さによっては自分が誰なのか、ここはどこなのかも分からない、漫画のような記憶喪失もあるみたいです。

 

 

・健忘発症時はとにかくパニック

 

 

ここについて私は未だに思いだせず、周りから聞いた話で申し訳ありません。

 

 

 

 

私が解離性健忘になった時

 

1回目は電車の中、2回目は車の中でした。

 

1回目の電車の中の時は学校の下校時、最寄駅が分からなくなり随分と先の駅まで揺られた後、パニックが落ち着いたのか祖母に携帯で電話をする事ができ、家に変える事ができました。

 

筆者はもともとパニック障害があるので、それが併発して今も思い出せないのかなと考えています。

 

2回目の車の中は通勤中、仕事場が分からない、そもそも自分が会社に勤めているかも分からない状態に。健忘だな、と自分で思えたため近くにあったお店に車を停めて友達に電話をしてヘルプしました。

 

 

私の2回の健忘でわかる事は、

 

ストレスの元になることの前後で健忘が起きている

 

と言うこと。

 

これは個人差があって必ずしもそういうシチュエーションではないとは思いますが、健忘になる時は必ずストレスの原因がそばにありました。

 

 

最初の健忘から数年経っていますが、未だに記憶がなくなった前後の記憶は戻っていません。不思議ですね。

 

 

 

 

 

 

・どのくらいの期間の記憶がない?

 

 

これまたざっくりとしか話せなくて申し訳ない。

 

というのも、「○日からの記憶がなくなりましたよ〜」という正確な診断というのはなく、ざっくり「学校に入学した頃から」みたいな言い方しかできないからです。

 

実際1回目の健忘の際は「学校」がストレスの元凶だったので

 

・学校に通っていた記憶は無し

 

・通学路も分からない

 

・袖を通した記憶のない制服

 

・友人の顔を見ても分からない、もちろん名前も知らない

 

といった具合に、「学校」に関する全ての情報がすっぽり抜けて、他の日常的なものは忘れていないので、生活には問題がないといった状況。

 

 

そして2回目の健忘の元は「仕事」なので

 

・なんの仕事をしていたのか

 

・通勤ルート

 

・職場の人が全く分からない

 

と、学校の時と同じように、仕事のことがすっぽりと抜けました。

 

 

筆者はとにかくストレスの元となる出来事だけが健忘した。

 

 

 

体が自然と拒否反応を起こしたのかもしれないですね。

 

 

 

 

 

 

・どのくらいで記憶が戻ったの?

 

 

 

これは2回ともバラバラですが、徐々に戻っていくのは一緒でした。

 

 

健忘になってから1週間でふと学校の先生を思い出したり、最近になって職場の事務所のインテリアを思い出したり。

 

自分自身、どこからどこまでの記憶がなくなったのか正確には分からないので、これから先生きていく中でふと「そういえば学生時代こんなことあったな」と思い出す時がくるかもしれないですね。

 

 

 

記憶の戻り方は本当に様々で、

 

漫画のようにハッとなる時もあれば、記憶がなくなった関連の場所(学校、職場)に行ったら思い出したり、ぼーっとしているときに頭に浮かんできたり。

 

症状が人それぞれなように治り方も人それぞれだとは思いますが、無理して思い出そうとすると結構疲れるので、自然と思い出すのを待ちましょう。

 

私は「思い出そう!」と気張っている時よりも、気張ってない普通の時に思い出すことが多かったです。

 

 

 

 

・解離性健忘になった人に対して

 

 

 

解離性健忘になった人はわかると思うのですが、

 

健忘はおとぎ話でも作り話でもなく、本当に記憶喪失なんです。

 

演技でもなんでもなく、本当に何も分からなくて、とても怖い。

自分が知らないのも怖いし、自分が知らないことを周りが知っていることも怖い。

 

 

だからどうか、信じがたいことが起こっているのはわかりますが

 

周りの人はとにかくその人が健忘になったことを受け入れてください。

 

演技だとしたらそれは相当なテクニックだと思います笑

 

 

 

私は学生時代の頃健忘になり、通っていた学校をやめ別の学校に編入しました。

 

そのことが両親に気に入られず、

 

「解離性健忘って言ってたけどどうせ演技かなんかでしょ」

 

と言われたことがあります。

 

この病気は数値で出るわけでもないし、血が出るわけでもないから信じるのが難しいのはわかります。

 

でも、記憶がなくなって不安な精神状態のところに「演技でしょ」なんて言われたらもうこの世の終わりなんじゃないかってくらい凹む。

 

だって演技か本当か証明できるものがないから。

 

 

 

もし身近な人が健忘になって、それが疑わしいと思っても

 

絶対に口には出さないでください。

 

これは心から本当にお願いします。

 

 

 

それともう一つ

 

記憶がなくなった状態はすごく怖いし不安です。

 

 

記憶はいつか思い出すべき時に思い出されるので、

 

無理に思い出させようとしたり、忘れていることを話さないでください。

 

疲れるし、パニックになります。

 

 

場を和ませるために「こんなことあったよね〜」と言われるだけでも私は焦りました。

 

健忘になっている人がいたら、

 

「いつか思い出せるから大丈夫だよ」

 

など、優しい言葉をかけてあげてください。

 

 

 

・解離性健忘になったあなたへ

 

 

大丈夫です。

 

いつか思い出せるし、思い出せなかったらそれはあなたの人生で必要のなかった記憶だったんだって割り切りましょう。

 

不安で辛くて苦しいなら周りの人に話すのもいいです。

 

話せないのなら日記やブログなどに書いてみてください。字にするだけで気持ちが楽になったりするんですよ。不思議。

 

 

きっと大丈夫。

 

無責任に聞こえるかもしれないけど、健忘を経験した私がなんとかなって今こうやって字を打てているので証拠はあります。

 

自分を信じて、大丈夫ですよ。

 

 

 

 

 

 

 

この記事が誰かの役に立てたらいいな。

 

どうか救われますように。

 

 

 

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございました!